INTERVIEW

地域医療を守るため、第三者承継を決断
71歳での英断が患者と医院の未来をつなぐ

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医療法人社団富岳循環器サイト 西原医院 院長 西原健二氏、ストライク的場

医療法人社団富岳循環器サイト 西原医院 院長 西原健二氏

静岡県富士宮市内で循環器内科を中心に地域医療を担ってきた西原医院が、2025年2月にM&Aによる事業承継を実現した。開業から約25年、地域の高齢者を中心に親しまれてきた同院。71歳を迎えた西原健二院長は、自身の年齢と後継者不在という現実に向き合い、M&Aを選択。患者への医療提供を継続しながら、新たな経営体制への移行を進めている。地域医療の担い手として奮闘してきた西原院長に、事業承継に至った経緯と今後の展望を伺った。

地域の高齢者に寄り添い続けた25年間

開業の経緯と医院の特徴について教えてください。

勤務医として経験を積んだ後、48歳だった1974年頃に「循環器内科医として地域に貢献したい」という思いで開業しました。開業当初から、患者さんは高齢の方が中心でしたね。一度移転をして現在の場所になりましたが、駅から近くなった一方、駐車場が狭いこともあってか、若い方は大きな病院へ行かれることが多いです。そのため、今も変わらず地域の高齢者の方々が通いやすいアットホームな医院として親しまれています。

後継者不在と年齢が譲渡検討のきっかけに

医院の譲渡を決められた理由について教えてください。

医療法人社団富岳循環器サイト 西原医院 院長 西原健二氏
医療法人社団富岳循環器サイト 西原医院 西原健二院長

一番の理由は自分の年齢です。71歳になり、体力的な面でも限界を感じるようになりました。娘がいますが、医院を継ぐ意思はありませんでした。私が65歳のときに病院の建物を建て直しましたが、そこから新たに経営を引き継ぐのは大変だろうと思っていました。
数年前から漠然と「誰か継いでくれる人はいないか」と考えていましたが、具体的に動き始めたのは2024年からです。自ら知り合いの医師に声をかけたりしていましたが、なかなか見つかりませんでした。この地域で開業したいという医師を見つけるのは、思った以上に難しかったですね。

当初のM&Aに対するイメージはいかがでしたか。

正直なところ、M&Aは「全部売ってしまう」というイメージでした。医院を手放したら、自分も完全に引退するものだと思っていました。M&Aに対する不安というよりは、もしダメだったら廃業すればいいという気持ちでしたね。
ただ、廃業となると患者さんにも迷惑がかかりますし、建物や設備の処分にも数千万円かかります。誰かに引き継いでもらえるなら、それが一番いいと考えるようになりました。

紹介でストライクへ相談

ストライクにはどのような経緯でご相談されましたか。

JR富士宮駅近くにある西原医院
JR富士宮駅近くにある西原医院

普段からお世話になっている企業に「後を継いでくれる人はいないか」という相談をしたところ、ストライクさんを紹介していただきました。他社からも直接連絡をいただいたりしましたが、信頼できる企業からの紹介ということで、ストライクさんにお願いすることにしました。

お相手先を決めるにあたり、重視されたことは何ですか。

一番は、後任の医師をすぐに派遣してくれることでした。私が辞めたら、すぐに後任の医師が来て、患者さんに「今度はこの先生が診ますから」とスムーズに引き継げることが理想でした。
また、譲渡先企業が当院をどのように運営していくのか、将来的なプランやビジョンを持っているかも重要でした。ただ譲り受けるのではなく、この医院をどう発展させていくのか、具体的な構想があることを重視していました。

譲受法人との出会いと決断

お相手先の印象はいかがでしたか。

最初にお会いした際、皆さんとても真面目な方々だという印象を受けました。その後、先方の代表ともお会いしましたが、物静かで立派な方だと感じました。写真で見るよりも若い方で、少し驚きましたね。お相手先は、医療分野での実績もあり、組織としてしっかりしている印象でした。何より、私の希望する条件に応えてくれる姿勢が決め手になりました。

最終的な決め手は何でしたか。

決め手は、私が1年以内に引退したいという条件に応えてくれたことが大きかったです。引退希望時期が3年後なら他の選択肢もあったかもしれませんが、限られた時間の中で私の希望を汲み取り、実現に向けて動いてくださいました。担当の方のお人柄も素晴らしく、私の希望を大切に考えてくれる相手だと感じました。

経営データの整理が最大の難関

M&Aを進める上で苦労されたことは何ですか。

医療法人社団富岳循環器サイト 西原医院 院長 西原健二氏、ストライク的場
医療法人社団富岳循環器サイト 西原医院 西原健二院長(右)と株式会社ストライク 的場陽平(左)

一番大変だったのは、経営に関する資料を集めることでした。私は診療に専念していて経営面は税理士さんに任せきりでしたので、月に何人の患者さんが来院して、売上がいくらあるのか、そういった基本的なデータも把握していませんでした。
当然のことながら、お相手にとっては、そういった経営に関するデータが最も重要ですが、私にとっては「最終的に赤字でなければいいでしょう」という感覚でした。レセプトシステムも簡易的なもので、詳細なデータを出すのに本当に苦労しました。ストライクの的場さんには、かなりお手間をおかけしたと思います。

病院スタッフの反応はいかがでしたか。

スタッフには成約後に伝えました。経営者が変わるだけで、働く環境は変わらないので、特に大きな動揺はありませんでしたし、クリニックの経営ノウハウをお持ちのお相手からの事業紹介もいただき、スタッフ側からは「今より楽になる」とポジティブな印象を持っています。私たちの今後を気にしているスタッフもいたので、ちょうどいいタイミングだったのかもしれません。
色々と調整が必要な場面もありました。後任の医師が見つかるまでの間はこれまでと同じような勤務を続けましたが、後任医師を見つけるまでは、週1お休みを増やしてくださいました。私がなるべく早く引退したいという意向と、体力面に特に配慮していただいていると感じています。

診療報酬制度からの解放と今後への期待

M&Aを決断して良かったと思われた点は何ですか。

医療制度や診療報酬の改定といった煩わしいことから解放されたことです。物価が5%上がっても、診療報酬は0.2%しか上がりません。材料費は上がっているのに、診療報酬に含まれているから患者さんに転嫁できません。インボイス制度への対応も大変でした。
こういった経営面での苦労から解放されたのは、本当に良かったと思います。完全な引退はまだ先なので、本当のメリットを実感するのはこれからかもしれません。

ストライクのサービスはいかがでしたか。

的場さんは本当によく動いてくれました。相手企業からの要望があれば、すぐに連絡をくれて、私が出したデータを相手企業が理解できる形にまとめてくれました。
私たちだけでは、どんな資料をどう提出すればいいのか分からなかったでしょう。その橋渡し役をしっかり果たしてくれたことに感謝しています。

医院の未来を託し、自分の時間を大切に

今後の展望について教えてください。

今はなるべく早めに引退したいという気持ちが一番です。長期で旅行に行ったり、自分のために時間を使いたい。ずっと仕事に追われてきましたから、これからは自由な時間を楽しみたいですね。
医院の運営については、お相手先がやりたいようにやってもらえればいいと思っています。新しい体制で、地域医療を継続してもらえることが何より大切です。

M&Aを検討される医療経営者へのメッセージをお願いします。

第三者承継を考えるなら、譲渡先企業がどんなプランを持っているか、しっかり見極めることが大切です。短期的にも長期的にも、その医院をどう発展させたいのか、明確なビジョンを持っている相手を選ぶべきです。
また、日々の診療に追われていると経営面を疎かにしがちですが、いざという時のために、ある程度は把握しておいた方がいいでしょう。私のように苦労することになります。
最後に、廃業を考える前に、一度専門家に相談してみることをお勧めします。M&Aは大企業だけのものではありません。私たちのような小さな医院でも、良い相手に巡り会える可能性があります。専門家の意見を聞くことが、事業承継の問題を解決する糸口になると思います。

本日はありがとうございました。

M&Aアドバイザーより一言(的場 陽平・ヘルスケアグループ アドバイザー談)

ストライク的場 陽平

本件において、譲渡法人の先生が売却の意向を固められていたため、譲受候補法人を迅速に見つけることが急務となりました。
お相手がいなければ、閉院も検討されていたため、時間との戦いとなりました。
特に苦労したのは、後継医師の確保に関する交渉です。
譲受法人側に「何年以内に後任医師を手配できるか」という条件設定は、医師確保という不確定要素を含むため、非常に繊細な調整が必要でした。
最終的に、売り手・買い手双方にとって価値のある合意に達することができたと思います。
地域医療を守り、発展させるという意味で、社会貢献度の高い案件になりました。
今後も、社会インフラとしての医療を守るという視点を大切に、ヘルスケア領域のM&A支援に取り組んでまいります。

2025年7月公開

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