ご成約インタビュー No.141
INTERVIEW
愛媛県創業の地への恩返し
サイボウズが19年ぶりのM&Aで挑む地方創生とスポーツDX革命
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サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野 慶久氏
サイボウズ株式会社 執行役員 人事本部長 兼 チームワークあふれるまちづくり室長 中根 弓佳氏
企業向けソフトウェアサービスを提供するサイボウズ株式会社が2025年6月、プロバスケットボールチーム「愛媛オレンジバイキングス(略称=バイクス)」を運営する株式会社エヒメスポーツエンターテイメントの第三者割当増資を引き受け、子会社化した。サイボウズにとって19年ぶりとなるM&Aの背景には、創業の地である愛媛県への想いと、地方の中小企業DX推進という新たな挑戦がある。愛媛県今治市出身の青野慶久社長と、副社長として愛媛オレンジバイキングスの運営に参画する中根弓佳執行役員に、今回のM&Aに込めた想いと今後の展望について聞いた。
19年ぶりのM&Aで見出した地方DX推進の新たな可能性
サイボウズの事業内容と企業理念について教えてください
青野:企業向けのソフトウェアサービスを提供しており、代表製品は「kintone(キントーン)」というノーコードでアプリを作成できるサービスです。創業から28年間、一貫して情報共有サービスに特化してきました。これは「チームワークあふれる社会を創る」という企業理念に基づいています。
私たちが情報共有にこだわるのは、組織の課題の多くが情報の分断から生まれると考えているからです。情報が適切に共有されることで、チームワークが向上し、生産性と働きがいの両立が可能になります。
19年間M&Aを封印してきたサイボウズが、今回踏み切った真の理由とは

青野:実はサイボウズにとってM&Aは19年ぶりなんです。19年前に8社を買収してその後売却し、社内に相当な負荷をかけてしまった苦い経験があります。その反省から、基本的にはグループウェア事業に集中する方針を貫いてきました。
今回も最初は全く想定していませんでした。私たちはBtoBの企業として、特定のチームを応援するというよりは、全てのチームの裏方に回るのが本来のポジションです。特定のチームを子会社化するなど、全く考えていませんでした。
しかし、今回は単なる事業拡大ではなく、私たちが長年抱えていた課題の解決策として、愛媛オレンジバイキングスが重要なピースになると気づいたのです。
地方DX推進の壁を突破する「バスケットボール戦略」
地方のDX推進で直面していた課題は何ですか?そして、なぜバイクスがその解決策となるのでしょうか?
青野:私たちは「kintone」をテレビCMなどで全国に展開していますが、やはり売れるのは東京が圧倒的に多く、次に大阪・名古屋など大都市圏が中心です。愛媛などの地方に行くと、本当に10社に1社程度しか導入していただけない状況でした。
確かに、地方の中小企業の経営者の方々にとって、東京の大手IT企業が突然やってきて、単独でDXの重要性を説いても、なかなか浸透しません。どこか他人事のように感じられてしまい、そこには見えない心理的な壁があることに気づきました。
このままでは、地方の優良な中小企業がみんなデジタル化に遅れてしまい、衰退してしまう。地方を一気にDXの世界に連れていく手段はないのかと、何年も悩んでいました。
その時にひらめいたのが、バイクスを「媒介」として活用する戦略です。バイクスのユニフォームには地元の建設会社、製造業など、本当に様々な地元企業のスポンサー名が入り、支えられながら運営しています。試合会場に行けば、普段は接点のない業界の経営者同士が、同じチームを応援する仲間として自然に交流している。
つまり、地域に根差したバイクスが地元企業や自治体の方々とのDXに関する対話の「きっかけ」となります。
実際にバイクスを強いチームにして、より注目を集める魅力的なチームになった時、「なんでこんなに強くなったんですか?」と聞かれたら「kintone」を使ってチーム運営を変えたからです!と言いたい。「kintone」で業務を効率化し、その成功事例を目の前で見せることができれば、「こんなに変わって業務も楽になるなら、うちの会社でも使えるかも」と実感してもらえる。バイクスを中心に地元の企業や自治体との信頼関係を築き、そこから一気にDXの世界へ導いていけるのではないかと確信しました。
中根:サイボウズは「働きやすさも働きがいもある会社のランキング」として、上場企業中1位になったこともあります。つまり、組織運営において、「働きやすさ」のノウハウを活かし、人手に頼りがちなスポーツビジネスの現場に変革をもたらし、「事業実績」にもつなげたいと考えています。
具体的には、営業管理、契約管理、議事録管理、選手の体調管理、練習効率化のためのデータ活用、試合管理など、すべてを「kintone」で統合管理し、効率的な事業運営をしていこうと考えています。
Bリーグ理事としての顔も持つ中根さんが最初に感じた「厳しい道」から「やるべきこと」への転換点

中根:正直に申し上げると、Bリーグでいろんなチームを見てきた中で、バイクスも経営面、成績面ともに苦戦しているチームの一つでした。経営会議でも最初は「なかなか厳しい道だと思います」と意見をする等、必ずしも前向きというわけではありませんでした。
サイボウズが経営面で苦戦しているスポーツチームと一緒になることで、どんな勝ち筋があるのか見えなかったためです。ですが、経営会議や経営合宿を重ね、青野の想いを確認し、また、複数の本部長に壁打ちしてもらって、社内で議論を重ねるなかで筋が見えたというか。この過程を通じて、私も「これはやるべきことで、チャレンジする価値があるものだ」と、深く腹落ちし、自分の言葉で話せるようになりました。
愛媛出身社長が見た地域スポーツの真の価値
創業の地でもある愛媛県についての思いもお聞かせください
青野:お恥ずかしながら、愛媛を離れて東京にいるのも20年以上になり、特別な思い出があるわけではないのですが、やはり愛媛で頑張っている方を応援したいという気持ちはあります。
元日本代表監督の岡田武史さんが手掛けているFC今治(※愛媛県今治市をホームタウンとするJ2リーグ所属のプロサッカーチーム)を10年間支援させていただいた経験もありました。今回も愛媛のチームが、地元企業だけでは支えきれなくなっているという話を聞いて、それだったら何かできることはないか考えました。


最終戦で目撃した「オレンジ色に染まった客席」が示す地域の可能性
青野:4月の最終戦で2日間8,000人の観客を目の当たりにして、本当にびっくりしました。特に驚いたのは観客の構成で、予想以上に女性が多く、半分以上が女性ではないかというぐらいでした。お子様たちも男の子も女の子もニコニコしながら応援している様子を見て、これは地域になくてはならないコンテンツだと確信しました。
若者や女性の流出が地域の課題となる中で、このバスケットボールというコンテンツを育てることが地域活性化には必須だと強く感じました。
DXツールを駆使したスポーツチーム運営革命
サイボウズの強みであるDXをどのようにスポーツに活かしていきますか?
中根:スポーツビジネスは、エンタテイメントでもあり、業務時間が時と場合によって変化するのが特徴です。また現場が大事で人手に頼る必要がある部分が多くあります。
実際にバイクスは十数名の少ないスタッフで運営しており、一人が多くの業務を兼任する多能工状態です。DXを活用すれば情報やデータが残り、時間や場所を選ばず情報共有ができるため、ワークシェアリングをしながら持続可能な運営体制を築くことも可能になり、負荷軽減につながるとともに、ノウハウの蓄積共有、組織としての成長につなげることができると考えています。
観客動員数について、どのような戦略を考えていますか?
中根:Bリーグ・ワン昇格にはシーズン平均観客動員数2400人以上が必要ですが、現在はまだ平均1600人程度です。まずは今年中に2000人を超えることが第一歩です。
リーグが男女比率や試合時間、イベント連携など、ありとあらゆるデータを提供してくれています。愛媛と似たようなチームがどんな施策で観客を伸ばしているのかも分析でき参考にすることができます。
「kintone」の最大の特徴は、データ管理だけでなく、「1データに対して1コミュニケーション」ができることです。少人数のスタッフが営業だから、マーケだからという垣根を越えて、みんなが気づいたことを議論し合い、アイデアを出し合えるチーム環境を作っています。
地域創生を目指す壮大なビジョン
サイボウズが目指す「地域活性化」についてお聞かせください。

青野:私が考える地方創生ビジョンは結構シンプルで、その土地で暮らす人たちが「幸福」であり、かつ「生産性の高い状態」であることを両立させることです。
どちらかが欠けてしまうとうまくいきません。いかにこの2つを両立させるかが重要で、これは私たちもサイボウズで実践してきたことです。それをツールと合わせてお客さんに提供していきたい。今回は愛媛県という規模で展開したいと思います。
各メディアでも話題となっている新設アリーナ構想についてもお聞かせください。
青野:おかげさまでバイクスを持ったことによって、いろんな企業や自治体の人とダイレクトに情報を交換させてもらえるようになりました。詳しくは言えませんが、その反響の大きさに本当にびっくりしています。
「場所を松山市以外にも検討する」と報道関係者の前で発言しましたが、それには理由があります。現在、愛媛県=松山市という考えがあります。確かに愛媛県の中では圧倒的に人口が多いわけですが、他の自治体が松山市に遠慮している状況です。
でもそれじゃあ愛媛全体が盛り上がらない。「俺も俺も」というぐらいに松山市が躊躇するぐらい声が上がってきて、初めて全体が強くなると思うんです。それは愛媛全体のチームワークですよね。
中根:Bプレミアに上がっていくには新しいアリーナが必要で、それまでにいかに魅力的で誇りに思えるチームを作れるかが重要です。素晴らしいアリーナができても、弱くて尊敬されないチームでは誰も応援してくれません。
組織変革と働き方改革への挑戦
従業員一人ひとりの「人生の目標」を語り合う場が生んだ化学反応

中根:7月に行ったティップオフミーティングでは、従業員一人ひとりに3つの質問をしました。「なぜバイクスで仕事をしているのか」「人生で長期的に成し遂げたいことは何か」「今年チャレンジしたいことは何か」です。
驚いたのは、経営陣も初めて聞くような従業員の思いが語られたことです。バスケットボールの競技としての強さだけでなく、各メンバーはより深い目的意識を持っていることが明らかになりました。予定では一人2分間の想定だったのですが、ほとんどの人が5分以上あふれる思いを話し、その後の懇親会も「こんなに盛り上がったのは初めて」と経営陣が話すほどでした。素晴らしいメンバーがそろっていると感じました。
なぜ東京と愛媛の二拠点生活を選択されたのですか?
中根:私は愛媛に常駐するよりも、東京と愛媛を行き来するのが良いと考えています。愛媛の地元企業との繋がりを強めるのはもちろんですが、それだけでは限界があります。日本全体の課題として人口の流出、東京一極集中が挙げられています。
私は、東京の有力企業や愛媛にゆかりのある企業も巻き込んでいきたい。首都圏から投資や協賛を獲得することにもチャレンジしていきたいです。愛媛の中で経済が回るのも活性化につながりますが、県外からお客様を呼び込み、将来的には海外、特にアジアからの誘客も探っていきたいと思います。
「新しいことができない会社」から脱却するM&Aの真価
19年ぶりのM&Aは社員にどのような影響を与えましたか?
青野:サイボウズは19年ぶりのM&Aでしたが、コア事業がある程度花開いてきて、今後10年ぐらいはそのまま成長していける状況になっています。
ただ、社員を見た時に、レールに乗った感覚でだんだん面白さがなくなってきて、社内から「新しいことができない会社」のように感じ始めていました。
今回のM&Aは明らかに既存のレールと全く違うところに進もうとしています。これが意外と社員に共感されて、「サイボウズってこんなこともできるんだ」と、またメンバーの目つきがギラギラしてきました。
M&Aというのは、単に売上や利益の足し算ではなく、組織に与える影響も大きい。チャレンジ精神を示し、未開拓分野に足を踏み入れていく気概を示せるのが、M&Aの良さだと思います。
今回のM&Aについてサイボウズ社内の従業員の反応はいかがでしたか?
中根:19年ぶりのM&Aで、社内にM&Aをよく知る人材はいませんでした。一番難しかったのは社内の共感を得ることでした。直接的な事業との関連がないため、「なぜIT企業のうちがバスケットに参画するのか」という声が多かったんです。
最終的には「氷山の絵」を描いて説明しました。一般的にスポーツビジネスはアリーナにおけるトップチームの試合やファンクラブに注目されます。しかし、その水面下には自治体や経済界、学校との連携、複数企業との交流、地域活動といった見えにくい部分、活動、地域にもたらす成果がたくさんあると説明したところ、「なるほど、そういう部分にシナジー効果をだしていくのですね」と納得してもらえました。
また、今回の経験を活かし、財務、経理、人事、法務、経営企画にまたがるM&Aのプロセスや確認事項を「型」としてフォーマット化できたのも今回の成果です。
強くて愛されるチームが目指す地域の「核」
愛媛オレンジバイキングスをどんなチームにしたいですか?

青野:強くて愛されるチームにしたいです。勝てばいいという話ではなく、住民の人たちの活力になり、エネルギーとなり、人々が集まって協力し合えるような、そういう核となるような存在にしたいと考えてます。
中根:私たちが最終的に目指しているのは、バスケットボールが強いだけでなく、町全体が活性化し、まちがチームになっている状態です。バスケットボールを支えるために町が活性化していく必要があるし、町が活性化することによって、さらに皆さんがバスケットボールを大事にしていただけるという相乗効果を生み出していきたいです。
M&Aを検討する経営者へのメッセージをお願いします

青野:事業や成長を考えたとき、足りないパーツを補完していく、という考え方が一番大事だと考えています。M&Aは単なる売上や利益の足し算ではなく、組織の活力や革新を喚起する手段でもあります。
レールに乗った状態から脱却し、未開拓分野への挑戦を通じて社員の目つきをギラギラさせる。そういう気概を示せるのがM&Aの良さだと思います。
中根:M&Aにおいては、型にできる部分と、社内の共感作りや統合後の運営といった型にできない部分があります。特に社内の共感を得るために、手を変え品を変え、言葉を変えて説明することが重要だと感じました。今回私も多くの言葉探し、言語化に思考を投資しました。
青野:今回のM&Aを通じて、私たちは単なるソフトウェア会社から、地域創生のプラットフォーマーへと進化していきたいと思います。愛媛県全体を先進的な地域にするという壮大な挑戦が、いよいよ始まります。
本日はありがとうございました。
M&Aアドバイザーより一言(鈴木 芳憲・未来戦略室 室長談)

ストライクは、スポーツチームのM&Aをいくつもご支援しておりますが、本件を通じて、あらためてスポーツの持つ「人を熱狂させ、惹きつける」力は、地域活性化の潜在的なエネルギーになると感じました。
Bリーグは、B.革新という将来構想に基づき、「クラブ経営の成長」「日本のバスケ強化」「地域活性化への貢献」の3つのビジョンを掲げて改革に取り組んでいます。ストライクも、このビジョンに共感し、2024年よりサポーティングカンパニーとして参画しております。
今回サイボウズ様は、バイクスとDXソリューションを組み合わせて愛媛を元気にするという大きな目標を掲げ、M&A後はチームやファンだけではなく、地元経済や行政も巻き込んで大きなインパクトを与えており、これは、M&Aを通じてB.革新の実現を目指すモデルケースになると確信しています。
これから、チーム強化やアリーナ整備など、様々な課題があると思いますが、一つ一つクリアし、全国から注目される「地域活性化プラットフォーマー」として進化される未来に期待します。
2025年9月公開
本サイトに掲載されていない事例も多数ございます。
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